「ヒキコモリ漂流記」髭男爵山田ルイ53世が語るリアルな体験記

書籍

標題の本を読みました。


作者は山田ルイ53世。
一時、「ルネッサーンス!」というギャグでブレイクした「髭男爵」の恰幅がよく、ツッコミを担当している芸人です。
この方、自身がテレビ番組などでも語っていますが、14歳から20歳くらいまでヒキコモリ生活を続けていました。
果たして、その理由は何なのか、その間の心境はどうだったのか、どうやって社会復帰したのか、この本にはリアルな実情が書かれています。
抜粋して紹介させていただきます。

神童と呼ばれた時代

山田ルイ53世、本名:山田順三(男ばかりの三人兄弟の真ん中なのに、なぜか順三)は、兵庫県神戸市に生まれました。
父親は公務員で、ごく普通の家庭だったそうです。
この順三少年、小学校時代から学業成績がよく、学年でもトップクラスの成績。
児童会長にもなり、バレンタインにはたくさんのチョコをもらうほどでした。
サッカーも上手で、ずっとレギュラーで、自分でもかなり調子に乗っていたと語っています。
ある日、休み時間も勉強しているクラスメイトを見つけました。
その彼に順三少年は声をかけます。
調子に乗っていたときの順三少年です。
クラスの隅っこでひとり勉強している子に一緒に外に遊びに行こうと上から目線で声をかけたつもりでした。
「みんなと遊ぼうぜ」と、声をかける俺ってかっこいいという心境だったようです。
ところが、その彼はみんなを避けていたわけではなく、私立中学受験に向けて、塾の宿題を解いていたのです。
勉強ができると思っていた順三少年は、彼が挑んでいる問題が一問もわからないことにショックを受けます。
このことがきっかけで、順三少年は「私立中学受験ってかっこいい」と思い、中学受験を目指します。
思い通りの塾には通えなかったものの、一時、小学生にして「過労」と診断されるほど努力して勉強に励みます。
ついには兵庫県の名門校「六甲学院六甲中学校」に見事合格します。
この頃、自分は「神童」だと思い込み、人生の絶頂期だったそうです。

通学、そして悲劇が……

中学は自宅からかなり離れた場所にあり、数度の電車乗り換えが必要でした。
最寄り駅についても、学校は高台にあったそうで、そこから20分ほど歩く必要があったそうです。
通学時間は2時間ほどだったとか。
必然的に朝起きるのも早くなり、帰宅も遅くなります。
大量の宿題も出るので寝るのも遅くなりますが、早起きしないといけないわけで、いくら若くてもかなり疲れたとのことでした。
同級生たちも、私立の名門校だけに金持ちの子が多かったらしく、住んでいる世界が違うと思ったとか。
そんな日が続いていましたが、ついに運命の一日が訪れます。
夏の暑い日、最寄り駅を降りて、ひとり学校への上り坂を歩いていると、突然の腹痛が……
ちょうど、駅と学校との中間地点であったそうで、どちらへ向かってももう間に合わない状態。
トイレを貸してくれるようなコンビニもない高級住宅街の中、しかも、近くには名門女子大があり、女子大生のお姉さんたちが歩いていました。
適度な草むらもなく、野糞を垂れるような場所もありませんでした。
しかし、成績もそこそこ優秀、サッカー部でもレギュラーの山田順三少年が漏らすわけにもいきませんでした。
カトリック系の学校だったこともあり、自らをゴルゴダの丘に登るイエスにたとえて、足取りを進めました。
ですが、神は非情です。
便意は待ってくれず、順三少年は少しだけ出した上で、急いで学校に駆けつける作戦に出ました。
そのあと、グラウンドにあるトイレに駆け込み、入念な処理をしたのですが、思ったより、大量の便が出ており、異臭を放っていたのでした。
それでも、授業になんとか出たのですが、教室で授業を受け始めると、夏の暑い時期だったこともあり、繊維に染み付いた臭いが周囲に放たれます。
異臭に気づいたクラスメイトたちが次々と順三少年に視線を向けます。
いたたまれなくなった彼は学校を勝手に早退したのでした。
順三少年が、神童から転落した日でした。

ヒキコモリ生活始まる

その年の夏休みが終わっても、順三少年は学校に行く気になれませんでした。
父母たちから怒られますが、それでも気力をなくした彼は学校に行けません。
ある日、父から脇腹を蹴られ、完全に気持ちがキレたそうです。
最初は自宅で2年間ひきこもりました。
次は実家から少し離れた場所にアパートでひとり暮らしをしてひきこもり、さらにそのあとは瀬戸内海の島でひきこもりました。
その後、一旦実家へ戻り大検(大学入学資格検定)を受け、大学に行き、ひとり暮らしを始めるという流れでした。
父は力技で学校に行かせようとし、母は嫌味攻撃で行かせようとしたそうです。
不規則で運動もしない生活なので、ぶくぶくと太って行きました。
近所からは白い目で見られたということです。
元々が神童扱いだっただけに、その落差に対して、世間の目は厳しかったようです。
あるときからコンビニでバイトを始めましたが、近所だったため、同級生たちと出会うことになりました。
好奇心から見に来る同級生が増え、居心地の悪さに辞めざるを得なくなりました。
不幸は続くもので、父が浮気していたことが母にバレ、家庭内でのトラブルもありました。
その後、父が瀬戸内海の島に転勤することになり、半ば母親から追い出される形で、父とふたりで島ぐらしを始めることになります。

成人式のニュースを見て、少し奮起する

何気なくテレビを見ていたら、成人式のニュースが放映されていました。
このとき、さすがにまずいと感じたのでした。
みんな大人になっていくのに、自分は子供のままではないかと。
今更ながら、危機感を持った順三青年は母親に土下座して、「大検を受けさせてくれ」と懇願します。
母からなんとか承諾を得て、久々の猛勉強。
努力は実り、大検の資格を取ります。
センター試験を受け、結果、国立・愛媛大学の夜間コースに合格します。
松山市における愛媛大生の地位は高かったらしく、友人もでき、それなりに楽しんだ大学時代であったそうです。

お笑いに挑戦

大学の友人と文化祭や吉本のコンテストなどに出場。
爆笑を取って、一時調子に乗ったそうです。
しかし、そのあと吉本が開催した大きなコンテストの四国大会に出場したものの、相方が極度に緊張したこともあり、結果は大スベリ。
あっという間にコンビも解消です。
結果、相方は就職の道に進んだものの、順三青年はお笑いの道を選びました。
吉本の芸人養成校NSCが東京にあることを知り、荷物をまとめて上京します。
大学は中退という形になりました。
親にも黙っての上京でした。
上京はしたものの、ボロアパートに住み、消費者金融に借金、家賃を滞納するほど苦しい生活でした。
債務整理もしたそうです。
ですが、コンビを組もうという相手もでき、やがては貴族の格好をして「ルネッサーンス」と乾杯するスタイルで一度売れます。
その後は結婚し、子供も生まれ、実家とも連絡を取るようになり、再ブレイクを待つ生活を続けています。

私的感想

人生というのは、一度の失敗で転落するという怖さを感じると同時に、一度の失敗くらいならやり直せるという勇気ももらえました。
実にリアルな体験記でした。
作者は後に「一発屋芸人列伝」という本で賞を獲りますが、この頃から文章や構成が非常にうまく、読みやすい本でした。


「ルネッサーンス」というのは、髭男爵の代表的なギャグですが、「ルネッサンス」というのは「復活」「再生」を意味します。
この本を読んだあとだと、作者は自分に言い聞かせているのかなとも思えるようになりました。
人生がうまくいかないなと思っている人や、今、まさにひきこもっている人、そんな人には特に読んでいただきたい一冊ですね。

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